長崎、ソ連、終戦

79年前、8月9日は長崎に原爆を落とされた日だが、ソ連が日ソ中立条約を一方的に破棄し、満州や樺太に侵攻を開始した日でもある。

それまでは空襲もなく至って平和で食糧も豊富にあった彼の地がたちまち戦禍に巻き込まれ、非戦闘員の老人や、女子供がソ連兵によって大虐殺された。辛くも生き残った人々も強奪、強姦などに遭い、 途方に暮れた母親が小さな子供を手に掛ける悲劇も沢山起きた。

『葛根廟事件』『真岡郵便局』『占守島の戦い』『三船殉難事件』などの悲劇はここから始まり、その後捕えられた60万人の人々は極寒のシベリアへ拉致されロクな食事も与えられず強制労働をさせられ、共産主義の洗脳教育を受けた。シベリアでの死亡者は6万人とも言われ、生きて帰った人も最長11年に亘り祖国の地を踏めなかった。

8月6日、9日、15日と戦争のことを考える機会が多い8月。

特に15日は終戦の日として定着していることで『ここで終わったんだ』と思う人も多いだろうが、15日を過ぎても戦争が終わっていなかった人が大勢いることを忘れてはならない。

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